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自分自身に聞き、自分自身に答えるQ&A + メモ(というか、ほぼメモ) 。

「オリジナル」と「クローン」では、どちらが価値がありますか?

考え方 社会

Q.「オリジナル」と「クローン」では、どちらが価値がありますか?

 

A.難しい問いですが、「クローン」かなと思います。

 これは、VR(ヴァーチャル・リアリティ)の技術を考えている時に、ふと疑問に浮かんだ問いです。

 VR技術は、疑似体験の経験感覚がリアルに近い状態になってきています。例えば、ドライブなど車の運転ゲームでは、頭を動かした際に映像も動きます。これにハンドルコントローラーの振動や座席への振動が加わる装置を用いると、ほぼリアルに近くなります。あとは風とか重力などを補えれば、リアルと変わらなくなるかもしれません。

 

 さて、そんな風にバーチャルがかなりリアルに近くなってきたことを考えていると、「オリジナル」と「クローン」では、どちらに価値があるのか?ということを考えました。

 これまで、「クローン」はオリジナルの劣化版という立ち位置だったと思います。それが品質の面で「オリジナル」に近い状態を形成できるようになると、見た目や質感などでは「オリジナル」と「クローン」に差がなくなります。

 「クローン」の潜在的な価値は「オリジナル」の価値の中に内包され、それを超えることはできません。そうなると、「オリジナル」と「クローン」の差というものは、この内包的な価値(アイデンティティ)の所有者か否かだけになってしまうような気がします。

 アイデンティティを持っているものが「オリジナル」であり、「クローン」はその複製品に過ぎないとされます。

 

 しかし、もしこれが生物であれば「オリジナル」も「クローン」も老化していきます。そして、もしこれが人間であるならば「オリジナル」にはアイデンティティのほかに、人権などの諸権利が認められます。「クローン」はそれを持つことができません。

 すると、老化した「クローン」というのは、目的によっては使いづらくなり、廃棄されることがあるかもしれません。つまり、モノと同じで劣化したら愛着がない場合は捨てられる存在になるのです。

 これが「オリジナル」と「クローン」の差のひとつで、「クローン」しか持てない部分。「クローン」は役に立たなくなったら捨てても良いという価値を持つことができます。「オリジナル」は諸権利でこれを認められません。

 すると、「オリジナル」の良い状態を維持しつづけられるのは「クローン」という運用方法も可能になると思います。「オリジナル」は自らの寿命に沿いますが、「クローン」は「オリジナル」の良い状態だけを複製を繰り返すことで維持することができます。

 このようになってくると、すでに「オリジナル」が良いか「クローン」が良いかという問いは、別のステージに移行するでしょう。また「オリジナル」が去ったあとの取り扱いという課題も出てきます。死後の「オリジナル」もしくは「オリジナル培養媒体」に諸権利を与えるかどうか、死後の「オリジナル」の「クローン」を作っても良いかどうかという課題です。

 過去を見れば、こうした取り組みは規制や許認可のもと、限定的には認められるでしょう。そうしなければ、その分野に適した「クローン」の存在が、他の「オリジナル」の存在価値を否定してしまうからです。

 AI(人工知能)などでもそうですが、コンピュータが効率的な仕事をすれば、それまで非効率ながらにその仕事を支えてきていた人間の労働価値は無くなります。

 こうした経験のおかげで、諸権利を認められていない知能や労働物(AIやクローン)の存在を人間が対等に認めることができないのです。こうした技術を人間と対等に扱えば、人間の価値を揺さぶられます。

 

 では、人間はどうしたら良いか?瞬発力で思い浮かぶのは、「神」の存在になることです。ステージをひとつ動かし、いままで人間が占めていたステージを知能や自立労働技術に分け与え、人間は創造と管理の「神」のステージに移行すれば良いのです。

 ただ、そうした場合、多くの人間はいらなくなり、一定の淘汰はあるでしょう。また、堕落というものは信奉を集めませんので、神として存在するために人間は知恵や力を蓄えなければなりません。

 生き方が変容し、労働をしない代わりに勉強や鍛錬などに時間を割かないといけないかもしれません。

 AIを前にして、「これでは、(人間のあなたより)AIの方がマシだよ」と言われないようにする努力は必要になるでしょう。